はるきげにあ的煩悩生活
鞠絵ちゃん、誕生日おめでとう!
実験的鞠絵小説(その2)
ゲストルームに荷物を放り込んだ後,鞠絵に療養所を案内してもらう。
「何度も来ているからいいよ」
と僕は毎回いうのだが,鞠絵は,
「兄上様に私が今いるところをご案内したいんです」」
といって譲らない。結局,
「じゃあ,案内してもらおうかな。でも,体調が悪くなったらすぐにいうんだよ」
ということになるけど,そういったときの鞠絵の喜ぶ顔を見ると,それ以上何もいえなくなってしまう。
やっぱり妹に甘いかな。

療養所の中を二人で歩いていると,顔なじみの看護師さん達に,
「あら鞠絵ちゃん,そちらがご自慢の兄上様ね」
と何度も冷やかされた。
その度に鞠絵が顔を赤らめるが,一向に足を止める気配はない。
どうも,僕を見せびらかしたいようだ。
「あのさ,鞠絵ちゃん」
「はい,何ですか。兄上様」
「僕のことを,看護師さん達に何ていってるの?」
「え,どうしてですか?」
「さっきから僕を見る度に笑うからさ・・・ちょっと気になってね」
鞠絵は僕の方を向いて小さく舌を出すと,
「秘密です」
といってクスクス笑い出した。
「あのね・・・」
苦笑する僕の手を握りしめて,鞠絵は言葉を続けた。
「兄上様,私の描く絵のモデルになっていただけますか?」

・・・・・・・・・・

その夜,ゲストルームの窓から月を眺めていると,遠慮がちなノックの音がした。
「・・・あの,兄上様。まだ起きてらっしゃいますか?」
「え?ああ,鞠絵ちゃんかい?」
気付くのが遅れてしまったようだ。
「夜遅くにすいません」
「どうかした?」
「あ・・・いえ・・・あの・・・」
ドアのところでモジモジしたまま動かない。
「?」
「いえ,特に用といったものではないのですが・・・その,兄上様が今何をされているのかな,と気になりまして・・・すいません」
「そんなに何度も謝らなくてもいいってば。こっちに来て座ったら?そんなところにいたら体が冷えちゃうよ」
「はい,ありがとうございます」
「・・・って,椅子がないか。ベッドの上でいいかな?」
「あっ,は,はい。い,いいです」
うれしそうにベッドの上に腰掛けた。
「兄上様は何をされていたんですか?」
「月を見ながら,ちょっと考え事」
「お月見ですか?風柳ですね」
「まあ,そんなとこかな。これを飲みながらね」
「お紅茶ですか?」
そういって顔をカップに近づける。
あ,マズい。
鞠絵の眉が跳ね上がる。
「この匂い,お酒ですね!」
声のトーンまで上がった。
いつ聞いてもいい声だ。
「兄上様,ダメですよ。まだ未成年なんですから」
とりあえず無駄な抵抗を試みる。
「いやいや,鞠絵さん。これは大麦を麦芽の酵素で糖化し,発酵させ蒸留したものに水を加えた飲み物だよ」
「それはウイスキーの水割りと呼ぶんです。いったいどうされたんですか?」
「ちょっと親父のキャビネットから拝借してきた。なんとかの20年ものだったかな。ま,何本もあるからバレないよ」
「そういう問題じゃないです」
「そんな固いこといわないで」
「・・もう酔ってらっしゃいます?」
「こんな美女が目の前にいるとね」
「はいはい。飲み過ぎないでくださいね。看護師さんに見つかったら怒られますよ」
軽く笑いながら反撃した。
「”美女”っていうのは否定しないんだね」
「あ,え,えと・・・いえ・・・」
赤面してうつむく。明らかに動揺している。かわいいなあ。
「ゴメンゴメン。言い過ぎた」
「え?」
「一人で暮らしてるとさ,叱ってくれる人がいないからね。さっきみたいにいってくれるとうれしいな」
「私の方こそ,つい出過ぎた口を・・・」
鞠絵の額を軽くこづく。
「気にしなくていいって。何か飲む?」
「あ,じゃあお紅茶があれば」
「たしかダージリンも持ってきてたよなあ・・」
鞄の中をゴソゴソと探す。
「あ,兄上様,じ,自分でします」
「いいよ,座ってて。この部屋では鞠絵ちゃんがお客さんでしょ」
「は,はい・・・」
恐縮しながら,浮かせた腰をベッドに戻す。
部屋に備え付けのティーポッドに紅茶の葉を入れて,湯を注ぐ。
しばらくしてからカップに注いで,鞠絵に手渡した。
「はい,お待たせ。熱いから気をつけてね」
「ありがとうございます,兄上様」
鞠絵が微笑みながら受け取る。
「兄上様,おいしいです」
「ところでさ,紅茶にブランデーを少し垂らすといい香りがするらしいね」
「そう聞いたことがありますが・・・」
鞠絵が怪訝そうな表情をする。
「兄上様,ブランデーも持参されたのですか?」
「日本酒の大吟醸もあるよ」
「・・・どうしても私にお酒を飲ませたいのですか?」
あきれた口調で言った。
「そういうつもりじゃないけどさ。どうせ飲むなら一人よりも二人の方がいいなあ,と思ってね」
「・・・わかりました。でも,香りを付ける程度でお願いしますね」
「了解いたしました。鞠絵姫」
「ふふ,よきにはからいなさい」
まあ,久しぶりだからいいかな。
そう思ったことを,僕は5分後に後悔することになる。


(続く)
スポンサーサイト




コメント
▼この記事へのコメント<(あれば表示)

■ コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

▼この記事へのトラックバック(あれば表示)