はるきげにあ的煩悩生活
鞠絵ちゃん、誕生日おめでとう!
初夏の療養所にて
5月初旬の連休。
療養所の中庭を,心地よい風が吹きぬける。
その木陰で,僕は鞠絵に膝枕をしてもらいながら本を読んでいた。
とはいうものの,本の内容はほとんど頭の中を素通りしている。
鞠絵の顔を眺める合間に,ページに目を落とすといった方が正しいだろう。
そばでは,気持ちよさそうにミカエルが昼寝をしている。
僕たちを見て,看護師さん達が微笑みながら通り過ぎた。
気をつかってくれているらしく,誰も声をかけてこない。
とはいえ,「鞠絵ちゃんのいちばんのお薬は兄上様ね」と,からかわれることも多いけど。

「やっと晴れたなあ」
「はい。風が気持ちいいです」
そういいながら鞠絵は僕の髪をなでる
「ところでさ」
「なんですか」
「髪をいじってて楽しい?」
「楽しいですよ」
鞠絵がやさしく微笑む。
「ふーん」
「兄上様の髪って,やわらかいです」
「初めていわれたよ」
「そうなんですか?」
「男同士で髪をさわる趣味はないって」
やや憮然とした口調で返す。
「女性じゃないのですか?」
「女性って誰かな」
「誰ですかね」
「あのなあ」
本を傍らに置くと,鞠絵を見上げた。
読書のふりは完全に諦める。
鞠絵は悪戯っぽく笑っていた。
「こら。年上をからかうんじゃない」
兄としての威厳をこめたつもりだったが,鞠絵はまるで気にしていなかった。
「ふふ。ごめんなさい」
「笑顔で謝られても,まるで説得力がないぞ」
「そうですね,じゃあ・・・」
鞠絵は顔を近づける。
「え?」
コツン,と軽くお互いの額がふれあう。
「お・わ・び,です」
そういって鞠絵は小さく舌を出す。
「えーと・・・」
鞠絵の予想外の行動に驚いて,何といっていいのか次に言葉が出てこない。
頬の温度が上がっていくことだけはよくわかった。
「兄上様,お顔が赤いですよ?」
わざとらしく鞠絵が問いかける。
「それとも兄上様,キスのほうがよかったですか?」
「あのなあ・・」
「でもダメですよ。ここだと他の人の目がありますからね」
人差し指を唇にあてて,鞠絵は片目を閉じた。
「・・・からかって楽しんでるだろ?」
「はい,もちろん」
ほがらかに鞠絵が答える。
「・・・」
僕は絶句した。
鞠絵はニコニコと言葉を続ける。
「兄上様ってかわいいですね」
「かわいいって・・・」
これ以上いわれてしまうと,兄としての沽券に関わる。
「どこでそんなセリフを覚えたのかな」
そういって,指で鞠絵の額を軽くこづいた。
実際には何を言っても負けそうな気がしたから,というのは鞠絵に秘密にしておこう。
「気になります?」
「ちょっとね」
鞠絵がうれしそうな顔をする。
「やきもちでですか?」
「兄としてだよ」
「ホントですか?」
「まあ,ね・・・」
「じゃあ,秘密です」
ふふ,と鞠絵が笑う。
「じゃあってどういうこと?」
「ですから,ひ・み・つ,です」
うまくはぐらかされてしまった。
「でも,こんなこといえるのは,兄上様だけですよ。安心してくださいね」
そういって,鞠絵は僕の前髪に指をからめる。
「うーん」
僕は唇をへの字にする。
「そこは悩みどころだなあ」
「どうしてですか」
「そんなこといわれたら,いつまでたっても妹離れできそうにない」
僕は苦笑した。

「ずっとでもいいですよ」

ささやくようにいった鞠絵の言葉は,風の音にかき消されてほとんど聞こえなかった。
「え,なんていったの?」
「秘密です」
ぷいっ,と鞠絵は顔を横に向けた。照れ隠しだろうか。
「あのな・・・」
「ところで兄上様,午後のお茶にしませんか?」
鞠絵が急に話題を変えた。
「え,ああ。そういえばのどが渇いたかな。でもどうしたの?」
「な・に・が・い・い・で・す・か?」
鞠絵の笑顔が少し怖い。
「じゃあブランデー入り紅茶を・・・」
「却下」
「そっちから言い出したのに?」
「兄上様,昼間からお酒はダメです」
「夜ならいいの?」
「私もご一緒していいのなら」
「もちろん」
「じゃあお部屋に戻りましょうか」
「お酒?」
「お茶ですよ」
クスッと鞠絵が笑う。
「残念」
僕たちは立ち上がった。
鞠絵がミカエルに声をかける。
「ミカエル,おはよう。お部屋に戻ろうね」
ミカエルは,大きくあくびをひとつして起きあがった。
うれしそうにしっぽを振っている。
「兄上様,クッキーを焼いてみたんです。今回は自信作なんですよ」
鞠絵が僕の方をふり返っていった。
少し季節が早いけど,向日葵のような笑顔で。
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